カテゴリー: くらし

  • 土鍋でごはんを炊くようになった、小さなきっかけ

    土鍋でごはんを炊くようになった、小さなきっかけ

    炊飯器が壊れたのは、ちょうど息子のお弁当作りに慣れてきた頃だった。朝、いつものようにスイッチを押しても「ピー」という電子音が鳴らない。「あ、本当に壊れたんだ」と、そのとき初めて少し焦った。

    買い替えるなら、いつもの機種でいいはずだった。でも家電量販店に向かう時、ふと立ち寄った道具屋さんで、土鍋のごはん鍋が目に入った。一度は通り過ぎたのに、なぜか気になって戻ってしまった。


    炊飯器が壊れて、選んだのは土鍋だった

    土鍋でごはんを炊くなんて、正直ハードルが高いと思っていた。「焦がしたらどうしよう」「火を止めるタイミングなんて分かるかな」。そんなことを考えながらも、「一度くらい試してみようか」という軽い気持ちで、その土鍋を持ち帰った。

    最初の一回は、見事に焦がした。火を止めるタイミングが少し遅かったらしく、娘に「なんか焦げ臭い」と言われた。それでも、不思議と「もうやめよう」とは思わなかった。次はもう少しうまく炊ける気がしていた。

    待つ時間が、思ったより悪くなかった

    土鍋のごはんは、炊飯器のように「押せば終わる」ものではない。火にかけて、湯気の匂いが変わる頃を見ながら火を止めて、そのまましばらく蒸らす。

    最初の頃は、何度も時計を見ながら「あと何分かな」と落ち着かなかった。でも何回か炊くうちに、湯気の匂いや鍋の音を気にするようになった。夕方のバタバタした時間でも、その数分だけは自然と鍋の前に立っている。そんな時間も、案外悪くないと思うようになった。

    家族の反応が、想像以上だった

    一番驚いたのは、子どもたちの反応だった。「今日のごはん、なんか甘い」と娘が言った日、米も水も昨日と同じ。違うのは、土鍋で炊いたことだけだった。

    夫も、おかわりの回数が増えた気がする。米も水も、これまでと同じものを使っているのに、鍋を変えただけでこんなに違うのかと、今でも少し不思議に思っている。


    炊飯器が壊れたときは、正直「余計な出費だな」としか思っていなかった。でも、あの日あの道具屋さんに寄らなければ、土鍋でごはんを炊くこともなかったと思う。

    もちろん、忙しい日は炊飯器の手軽さが恋しくなることもある。それでも今は、土鍋のふたを開けた瞬間に立ちのぼる湯気を見るのが、毎日のちょっとした楽しみになっている。

  • 家族が順番に倒れていった、この一週間のこと

    家族が順番に倒れていった、この一週間のこと

    息子が保育園から「今日、お友達が三人もお休みしてた」と言って帰ってきた日から、なんとなく嫌な予感がしていた。その夜、息子の額が熱かった。


    律儀に、順番を守るように

    まず息子。次の日には娘が「のどが痛い」と言い出した。二人が同時にダウンならまだ気持ちの整理がつくのに、うちの子たちはなぜか律儀に、順番を守るように倒れていく。息子の熱が下がりかけた頃に娘の熱が上がり、娘が落ち着いた頃には、今度は私がなんとなく体が重いと感じ始めていた。

    看病というのは、想像以上に体力を使うもの。夜中に何度も様子を見に行って、朝は何ごともなかったように支度をして、日中は仕事をして、また夜に戻る。眠れているようで、実はずっと気を張っている。そんな日が数日続いた頃、ふっと疲れを感じて何かが静かに切れた気がした。


    自分が倒れた日

    今回はかなり高熱で、自分が寝込んだ日のことは、正直あまりよく覚えていない。天井を見ながら、看病する側でいることに慣れすぎて、看病される側になる準備ができていなかったかもと思う。

    その日、夫が仕事を早めに切り上げて帰ってきた。子どもたちのご飯を作り、お風呂に入れて、私にはおかゆと水だけを持ってきて、あとは何も聞かずに部屋を暗くしてくれた。「大丈夫か」も「無理するな」も言わなかった。ただ、やることをやってくれた。それが一番ありがたかった。


    誰かが倒れている間、誰かが支えている

    一週間の終わり、最後に夫が軽い喉の痛みを訴えた。「今回はパパもか」と、家族全員でちょっと笑ってしまった。順番に倒れて、順番に回復していく。その様子はまるで、家の中で何かがぐるぐると循環しているみたいだった。

    都市部で働いていた頃は余裕がなく、こんなふうには思えなかった。一週間、家の中はずっとバタバタしていたはずなのに、振り返ると不思議と苦しかっただけではない。子供たちもふくめ、誰かが弱っている時間を、誰かがちゃんと支えてくれていたからだと思う。

    看病の順番が回ってくること自体は、正直またあってほしくはない。でも、順番に倒れて、順番に支え合えたという事実は悪くないと思う。これも、このくらしの1ページに、そっと加えておこう。

  • 梅雨の湿気とうまく付き合う。兵庫の北で暮らして気づいたこと

    梅雨の湿気とうまく付き合う。兵庫の北で暮らして気づいたこと

    梅雨が本格的になってきた。

    兵庫の北は湿気が多い。朝起きると空気がずっしりしていて、窓を開けても外も湿っていて、どこへ逃げればいいんだという感じになる。

    以前の私は、この時期が本当に苦手だった。でも今は、少しずつ「付き合い方」を覚えてきた気がしている。完璧な湿気対策なんてないけれど、やってみてよかったことを書いておこうと思う。


    竹炭を、あちこちに置くようになった

    正直、最初は効果よりも「置いてあるだけで少し気分が落ち着くな」くらいだった竹炭。でも、下駄箱とクローゼットに入れてから、なんとなくこもった感じが和らいだ気がする。

    科学的にどこまで効果があるかは正直わからないけれど、見た目がすっきりしていて、インテリアの邪魔をしないのがいい。定期的に天日干しをすれば繰り返し長く使えるのも、少しでもゴミを減らせているかもと考えられて自分が心地いい。


    麻素材のものを意識的に選ぶようにした

    寝具やタオルを、少しずつ麻素材に切り替えている。

    麻は吸湿・速乾性が高くて、この時期に使うと肌触りが全然違う。最初は「ちょっとごわごわするかも」と思っていたけれど、洗うたびに柔らかくなっていくのが好きで、今では梅雨の時期の必需品になっている。

    子どもたちのパジャマも麻混のものにしてから、「暑い」と夜中に起きてくる回数が減った気がする。親の思い込みかもしれないけれど、それでもいい。


    「除湿」より「換気」を意識するようにした

    除湿機をフル稼働させていた時期もあったけれど、電気代が気になって、最近は「換気」を優先するようにした。

    朝の空気が比較的乾いている時間帯に、短時間だけ窓を全開にする。湿度が高い時間帯は逆に閉め切る。これだけでも、室内の空気がだいぶ違う。

    完全には除湿できないけれど、自然の流れに逆らわず、うまく乗るイメージ。


    最近は、湿気を無理になくそうとするのをやめた。

    色々試してきて思うのは、湿気と戦っても消耗するだけ、ということ。

    竹炭も麻素材も換気も、「湿気をゼロにしよう」ではなくて「うまく流そう」という発想から来ている。自然が多い場所に住んでいると、自然と戦うのは無理があると改めて感じる。

    梅雨は梅雨なりの空気感があって、紫陽花はきれいで、雨の音は静かで。完全に好きにはなれないけれど、嫌いでもなくなってきた。

    それで十分だと思っている。