息子が保育園から「今日、お友達が三人もお休みしてた」と言って帰ってきた日から、なんとなく嫌な予感がしていた。その夜、息子の額が熱かった。
律儀に、順番を守るように
まず息子。次の日には娘が「のどが痛い」と言い出した。二人が同時にダウンならまだ気持ちの整理がつくのに、うちの子たちはなぜか律儀に、順番を守るように倒れていく。息子の熱が下がりかけた頃に娘の熱が上がり、娘が落ち着いた頃には、今度は私がなんとなく体が重いと感じ始めていた。
看病というのは、想像以上に体力を使うもの。夜中に何度も様子を見に行って、朝は何ごともなかったように支度をして、日中は仕事をして、また夜に戻る。眠れているようで、実はずっと気を張っている。そんな日が数日続いた頃、ふっと疲れを感じて何かが静かに切れた気がした。
自分が倒れた日
今回はかなり高熱で、自分が寝込んだ日のことは、正直あまりよく覚えていない。天井を見ながら、看病する側でいることに慣れすぎて、看病される側になる準備ができていなかったかもと思う。
その日、夫が仕事を早めに切り上げて帰ってきた。子どもたちのご飯を作り、お風呂に入れて、私にはおかゆと水だけを持ってきて、あとは何も聞かずに部屋を暗くしてくれた。「大丈夫か」も「無理するな」も言わなかった。ただ、やることをやってくれた。それが一番ありがたかった。
誰かが倒れている間、誰かが支えている
一週間の終わり、最後に夫が軽い喉の痛みを訴えた。「今回はパパもか」と、家族全員でちょっと笑ってしまった。順番に倒れて、順番に回復していく。その様子はまるで、家の中で何かがぐるぐると循環しているみたいだった。
都市部で働いていた頃は余裕がなく、こんなふうには思えなかった。一週間、家の中はずっとバタバタしていたはずなのに、振り返ると不思議と苦しかっただけではない。子供たちもふくめ、誰かが弱っている時間を、誰かがちゃんと支えてくれていたからだと思う。
看病の順番が回ってくること自体は、正直またあってほしくはない。でも、順番に倒れて、順番に支え合えたという事実は悪くないと思う。これも、このくらしの1ページに、そっと加えておこう。

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